2011年2月20日日曜日

木直無名峰(・582と△578.1)

ポン木直川と八木川の分水にあたる無名峰2座に登った。同行SHO氏の山座同定には何時も驚き感心するのだが、遠く蝦夷松山からこの2座を見とおしていたと言う。見とおしは流石と言うべきか、頂は鋭く、ヤマツツジ・ススキ群落の低木林、サラサドウダンの大きな群落もあって立派な山だった。展望も良く、「南亀田半島」の連山の真ん中に立っている心持ちにさせる。

・下図の矢印からコルに出て南北の頂(・582と△578.1http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?longitude=141.06658333343&latitude=41.849633306226)に立った。
<矢印までは、南茅部盤の沢川に沿う林道に終始したがった>
<帰路は点名【丸山】から往路林道のCo300mへ下った>
<10:00南茅部盤の沢河口発→13:00・582m峰→▵丸山経由→15:30盤の沢河口着>

点名の丸山はその名のとおりの山の姿がポン木直河口から見とおせた。地質図を見ると褐・硫化鉄鉱の「尾札部鉱山」が八木川上流、丸山の西方2500mにある。東方に、流域は異なり離れてもいるが規模の大きな「古武井硫黄鉱山」はあった。・582の裸地は鉱山との関連は如何に!と想起してしまうが...はたして。・582座は安山岩質と思われる岩礫が露出するピークだった。2座の岩石は更新世の丸山火山噴出物で、地質図をみると、登山対象の一等三角点の丸山から絵紙山の峠まで続いていた。

2011年2月11日金曜日

袴腰岳(新中野ダム)

2011.2.11メンバーHozu、Mizu、Takiが新中野ダムから袴腰岳経由ー城岱沼(C1)ーエゾ松山ーKGゴルフ場ゲート前への周遊ルートに挑んだ。Taoは新中野ダムから袴腰岳を往復しテン泊組をサポートした。
・中野ダム往復Tao<8:30新中野ダム→9:10道有林ゲート→11:00第2登山口→12:20三角山→13:30袴腰岳→16:30新中野ダム>  ・城岱沼テン泊組<13:40袴腰岳→15:30城岱沼(C1)→8:00同発→9:28ガンピ山→10:50エゾ松山→13:30ゴルフ場ゲートゴール>

2011年2月5日土曜日

落部無名峰(・613m)(△590.1m)

2011.2.5(土)(・613峰と△590.1m峰)
今日の2座は、狗神岳の頂から見て西方にそびえ、、同行のSho氏が印象を強く残していた2座(下の写真)。銀婚湯を「道道67」に沿って進み「さくらんぼトンネル」山側から入山する。ルート図のとおり往路・復路ルートは、ゴヨウマツの痩せ尾根を周回するようにとった。
(さくらんぼ沢の命名=ルートの2尾根は「花梗」、その先の2座は「果実」。さくらんぼの二本の長い花梗と二個の丸い果実を、ルートの細長いヤセ尾根とそして同心円状の丸い山容の地形的特徴を見事にみてとって命名したとしたら、いかにも洒落た先達がいたもんだ。)

さくらんぼ無名2峰(・613m)(△590.1m)
さくらんぼ沢を挟んで南北の痩せ尾根を周回するルートをとった
さくらんぼ沢側から:無名2峰(左・613m峰、右△590.1峰)

狗神岳から:印象を強く残した山容2座(Sho氏原図)
さくらんぼ沢無名2峰(左・613m峰、右△590.1峰)
背景は・鉄砲岳・野田追岳・小鉾岳・横山・砂欄部岳



サクランボトンネル
・613
△590.1
サクランボトンネル
7:5010:2011:10-2513:30


ウダイカンバの巨木:2座の間の鞍部(Co480m)に見た。ストックから太さを想像してほしい
函館付近は、ダケカンバは標高400m~亜高山帯、シラカンバとウダイカンバは標高600m以下の山地帯に分布する。森林土壌への適応ではシラカンバは適潤性から乾性土壌にウダイカンバは弱湿性の肥沃土壌に立地している。材は「マカバ」と呼ばれ、硬くて絹光沢あって強く、加工性にも優れ、反りや狂いも少なく内装の高級材として扱われている。盛んに伐採利用されたから今ではこれほどの巨木にはめったにめぐり合わない。道南では単純林をつくらず、林の中に点生しているのが普通だ。稀にウダイカンバの一斉林(純林)に遭遇することはあった(1965年:渡島半島で1ヶ所「胸高直径20cmの若い林<林齢50年~60年程度?だったか>、面積4ha」)


・613m峰への急登

 ・613m峰

 ・613m峰:頂は長い尾根にブナの純林

遠望:・乙部岳・鍋岳・紋内岳
崖沢の深い谷、崖斜面、大きな滝が見える。遡行の記録を聞かない


人を寄せ付けない崖だらけの崖沢:中新世の頃噴火した
安山岩質岩石とされている


・613m峰から狗神岳を遠望する
から:印象を強く残した山容2座(Sho氏原図)
さくらんぼ沢無名2峰(左、右△590.1峰)


往復はヤセ尾根ルート。多くはヒメコマツ林が続いていた
左右は急斜面か崖だった。新第三紀末鮮新頃の噴火し
安山岩質の岩石だそうだが、これだけの崖発達はさら
に物語が必要だ・・・!狗神岳の崖や岩塔もこの時代に含まれ
る一連のもののようだ!

2011年2月1日火曜日

弥五兵衛岳(点名・弥五兵岳649.91m)

2011.1.30(日) 弥五兵衛岳

頂上へのルート:
宿野辺川本流の林道終点経由で東南東稜へ

弥五兵衛岳は、中新世の火山岩類のはじっこにある。隣接する育成牧場で知られる木地挽山は、その火山岩類の上に乗っかる鮮新世の溶岩台地にある。弥五兵衛岳への冬ルートは、溶岩台地を経由することもあるが、グリーンピア奥の右股沢を進んで頂への北稜を登るのを常としている。この度、リーダーのHozuは宿野辺川沿いの林道を終点までどんどん進んで、Co370m付近の尾根に取り付く南東稜を選んだ。何故だろうとの思いもあったが、訳が分かったのは尾根取り付きから頂までの往復のときだった。登りやすいブナの尾根もあった。滑りって楽しめる大斜面も待っていた。標高差250mを一気に沢に下りた。

8:2010:00 11:20‐11:35 11:5013:05