追悼登山会が今日22日開かれ、私も参加しました。齋藤氏が亡くなられて(2014.02.24没)、多くの方に初めて知らされたことがあります。
彼の踏んだ山座は、名のある山も、三角点設置されただけの頂も、独立標高点のあるピーク、さらに何も表示されていないポコも登山の対象にしていたように見えます。
道南の小さな山々、口の端に上ることもない不遇(?)の山々、それらの山々もたいせつにし、意識を高くそして孤高に対峙していた様子です。
「どんな山をやりたいのか」と自問する身にとっては、今になって「齋藤氏の山への情熱は如何に!」と聞きたいと思うのです。どのような出会いがあり どのような感動があり どのような事柄が心に芽生えたのか・・・と。
Sanag氏とKamak氏らを中心に、咋年から一年にわたる働き・掘り起こしの結果もありますが、齋藤氏は、道南の山登りをする人らに、あらたな山への「創りだし」をおこしてしてくれるであろうとの希望が胸をよぎりました。
山の深遠さ、森を行く楽しさ、仲間がいるうれしさ、仲間と語り育てられる嬉しさ等を・・・。そのようなことが心をよぎりながら、幅の広い尾根、原生林的なブナ林、ダケカンバ林、雪崩斜面・・・渡島らしい山々に身を置きながら、同行志と雪原を歩くことができました。嬉しい体験でした。
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◆ アメダス鶉 齋藤氏没2014年02月24日前後の気象<日ごとの値(抜粋)>を下に掲載しました。(冬山の事故は低温、風速、降雪、日照との関連が大きいものと思われる。)
日 | 最高 | 最低 | 瞬間最 大風速 |
降雪量 | 日照 時間 |
19 | 0.6 | -14.7 | 8.4 | 5.0 | 8.3 |
20 | -2.1 | -12.9 | 8.9 | 10.0 | 1.0 |
21 | -2.4 | -12.5 | 8.6 | 8.0 | 2.5 |
22 | 0.9 | -17.8 | 5.2 | 4.0 | 2.5 |
23 | 1.6 | -13.5 | 7.9 | 5.0 | 5.0 |
24 | 2.1 | -3.3 | 8.0 | 3.0 | 0.4 |
・ 3月4日に鶉で21cmの降雪、函館美原でも4日は21cm降雪ありました。現地では50cm相当の降雪を測定されました。これがその後の捜索活動を困難にしました。
・ 最低気温に注目したい。3月22日鶉-17.8℃、大野-14℃、函館-10℃でした。放射冷却、冬型気圧配置、毎日数cmの降雪、季節風の強さも侮れない事柄です。
・ 最後の地の大野の中山の気象は、標高、降雪、そして内陸部等の類似性から「厚沢部鶉」アメダス観測所のデータから推察するのが適当と思われます。
◆ 慰霊碑(△)の位置から見た樹木配置
(△)→8m南に ヤチダモ、ハルニレ、キハダ
(△)→6m南西に カラマツ(5mの高さにピンクテープ結束)
(△)→6m北西に キハダ
(△)→7m北に トドマツ
詳細は 毛無山(750.4m)追悼縦走登山会http://sakag.web.fc2.com/kenasi-tuioto.htm
齋藤浩敏さん 慰霊プレート設置https://www.youtube.com/watch?v=ZNOV-f-HJo8
斉藤浩敏さん終焉の地(4月10日)https://www.youtube.com/watch?v=jrwCsMIevmw
設計山・斉藤浩敏さんの捜索4/5AB班と-6A班出発https://www.youtube.com/watch?v=TnjSYRQ1WBA
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