2017年4月25日火曜日

茂刈山 2017.4.23

2017年4月23日:上ノ国町の茂刈山へ行ってきました(三度目)。

頂には山頂標識がありました。新しく立派に彫刻された黒色塗装板の標識が立てられていました。

標識から北北東に離れて三角点(地理院)と図根点(山林局)が、ほぼ子午線上に2mと離れずに近接して発見できます。

低山で幅広い緩斜面が広がる山頂でしたが、山頂標識よりわずかに高い北北東方向にその標石があります。ここ茂刈山はレアな三角点標石のある山として、全国の三角点ファンによく知られているらしい。
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その点名「茂刈」は「小等三角点」と呼ばれるものであって、三角点の誕生の由緒、地理院での管理のされかた等がとても「珍しい三角点」だそうで、三角点ファンには話題になる見逃せない標石のようです。
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近年地形図の管理・発行システムが替わりました。以前の地図には、
①:茂刈山の表記と併せて標高の表示は実測を伴った点として小等三角点の測量成果から「・382.6」と0.1mまで記載されていました。
②:茂刈山に至る歩道(古い歩道)の幾つかの路線が記載されていました。
これら①・②は現行の地形図には掲載されていません。山を歩く者にはチョット寂しく感じます。

(参考)茂刈山に至る歩道(古い歩道)は1950年代の20万の地質図にも載っています。上ノ国から茂刈山~八幡岳~厚沢部町館町沼の沢に続いていました。高い山はないとはいえかなり長大な尾根道です。何時頃開通し使われたのは何時頃までであろうか。
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さらに地理院提供の基準点成果を開くと、従来は測量成果を閲覧できました。今回そのウエブサイトを見ると、点名「茂刈」は「処置保留」と記載され、経緯度等の成果は閲覧できないようになってしまいました。経緯度が分からなければ標石の探索はますます困難になります。これも山を歩く者にとっては寂しい限りです。
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 2009年04月17:道南の三角点探訪に来道したTakayさん(東京在住)に同行した時には、三角点と図根点の標石をすぐに見つけられました。今回は探索にチョット時が必要でした。三角点も図根点もササに覆われていたからです。
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これからは標石の探索はますます困難になるのではないかと思います。基岩が浅く現れ、風衝地のようで、さらに基岩は風化しにくいチャートだから土地生産力はかなり低い場所です。森林へ遷移するにはかなり長い時間がかかる土地です。しかしササはもっともっと密度高くなりササ草原が長く続くと思われます。

そのためもあるので、2009年当時の地理院提供の成果閲覧で得た経緯度等をここに記載しておきます。
【三角点】・基準点コード TR86240514301」「点名 茂刈」種別等級 「小等三角点」 冠字選点番号 「栄4」 地形図 函館-上ノ国 緯度 41°47′20.8322経度 140°10′27.1972標高 382.61 m(X) -245580.85 m(Y) -6298.368 m現況報告なし 所在地 北海道桧山郡上ノ国町大字上ノ国 

・<小等三角点の解説は→【五等三角点のほか、三角点と名前のつく変わりものの測量標石では小三角点があります.1911年(明治44)北海道庁から陸地測量部に要請があり設置された基準点で渡島半島南部(函館の西)に30数点ありました.現在もまだ数点残存しており国土地理院のデータベースでは「小等三角点」として整理されています(上西 勝也)】> 

・<なお、地形図上の表示は、小等三角点の位置に三角点「△」の表示はない.現地測量による標高点「・382.6」として表示されていた.→さらに、小等三角点「茂刈」から距離474m 方向333.70°に、同名の四等三角点「茂刈」冠字選点番号 「長16」がS31.08.10に設置されていた>

・<小等三角点に並列して林野庁が設置した「山」と刻まれた図根点「12」があった.図根点の一般的説明は→【図根点は「図等三角点」ともいわれ周囲の三角点から観測し実際の三角点上では観測しないという前方交会法により位置を決定したものです.これは無線鉄塔などで構築物上で測量することができない場合につかわれますが精度は低くなります.本来、図根点は三角測量のあとの細部の測量につかい標石の埋設はせず、その位置が測量によりはっきりすると、すぐ測板上の図面に移してしまいます.標石として設置されるのは重要な場所や再現が必要な場所に限られます.図根点標石の設置は1940年、50年代が多かったのですが現在はありません(上西 勝也)】>

 標石の様子 2015年4月26日
◆山頂標識から北北東方向の小高い場所に標石がある。
◆小等三角点と図根点はほぼ子午線上に並び間隔はほぼ2m。

・ 2015年4月26日時の小頭三角点(北海道の刻印が見える)
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・下図の白色の矢印は2015年4月26日時の図根点 「山」・「図根点」と刻字。

2015年04月26日 - 茂刈山

2009年04月17日 - 茂刈山

2017年4月10日月曜日

伊勢鉢山、当別丸山天測点の子午線標

9/4:伊勢鉢山、当別丸山天測点の子午線標

道道の茂辺地~館線の冬季通行止のゲートが戸田の沢分岐に設置されていた。道道の通行止めゲートは、以前からここより3㎞奥に入った西俣の入り口に設置されていた。今回計画した袴腰山の登山口もそこにあったから、とても愕然としてしまった。

舗装路を一時間のアルバイトに意見が分かれたが、常套句の「舗装路歩くのは辛いな~」のひと声に流された。やはり安きに流れ、代わりの案が出された。

茂戸地川の戸田の沢分岐から下流にある当別丸山の子午線標を探索すること。大釜谷の低山伊勢鉢山に登ること。この二つの代替え案の提案に、伊勢鉢山は登山の対象になる山なのか(?)との声も上がった。

計画の中止や、変更はいいが、代替え案にない行動は時に事故につながることがある。…栃木県高校生登山学習時の雪崩遭難で死亡事故を起こした時の、山岳遭難の詳しい登山関係者の意見。まだ新しい事案だったので……に聞こえてきた。

* 。。。子午線標へタッチの記録。。。
◆当別丸山一等三角点(地理院基準点成果)
東経140.55011633°(140°33′004”) 北緯  41.7454°

◆子午線標(茂辺地川左岸)(HMC:スマホGPS読取り)
東経140.5501°(140.33’003”) 北緯 41.8002°

◆当別丸山の天測点の経・緯度は調べていないから、それと対比できない。
 また三角点から天測点方向への方位・距離は不明。

当別丸山の三角点と比べると、東経にして0.1秒(ほぼ±3m
子午線票は天測点の真北に設置されている。
GPSの精度は±5m程度とすると、まずまず真北に「子午線標有り」とする事柄は満足。
。。。
* 子午線標
*マニアの立てた表示板↓*





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 全体の大きさ


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2017年4月2日日曜日

2/4に三角山・天狗岳の峰を楽しんできました。 江差のNさんに誘っていただいての山行でした。

林道歩きも短い。Nさんに従いスキーは車に置いて中二股の駐車場(集合場所)を出ました。 三角山への作業道へ入っり、8時を過ぎたけれど、朝日は未だです。おまけに古い足跡があり、ヌカルことなくツボ足で十分でした。(道南のおおくの人等は山を頑張っているな~などと感心…。(だが後で分かったことは三角山の西方の凸・596mでスノボを楽しむ人等のラッセル痕らしい。)

私は7時に家を出て、大野川中二股ダム入り口に向かったのですが、途中新幹線の札幌延伸工事と思われるトンネル掘削現場(おそらく)を目にして、延伸工事ははじめて知ったのでチョット驚きました。 集合場所まで所要時間45分でした。

北峰、南峰、西斜面が三角山への作業道からが主なルートと考えられます。 このところの暖気で、雪のバームクーヘンが転がる急斜面直下で一考。広葉樹二次林が、シッカリ頂まで続いていそうだ。なかなか急斜面を上がることは少ない。ピッケルを持って来たことだし、アルミワカンを着けて西斜面を直登することにしました。

三角山自体は無風で好天で、しっかり汗をかいて、とても楽しいものでした。 急斜面を歩きたくなったなら、国道から近縁だし、三角山だな~。あらためてそう思ったものでした(新たな発見)。 Pから往復二時間ばかりの奮闘でした。

続いて天狗岳に上りました。前に東尾根は歩いています。ツツジの仲間の多い痩せ尾根(岩尾根)を登った記憶は鮮明です。今回はNさんお薦めの北尾根を歩きました。急なところは全くありませんでした。楽しく岩の上に立てます。ここも新たな発見がありました。

帰路は市渡の”月兎”で小一時間談笑して解散。満足の一日でした。




2017年3月26日日曜日

小鉾岳(野田追)

26/3:誘いがあって小鉾岳(野田追)に行っきました。 2001年頃ですからだいぶ前になりますが、小鉾岳登山のついでに懸垂下降(クライムダウン)を主に、登山路の痩せ尾根と急斜面を使って”ロープワーク”なるものを、帯広の某澤氏を師に練習した場所でした。初めてのロープワークですから、僕の思い出深い山になっています。二次林のブナが美しかったこと、痩せ尾根に発達したツツジ型林床、キノコ臭い土の匂いと共に懐かしい山です。

道道ゲートから型雪を踏んで、牧場を横断して登山口に至りま した。登山口前の牧場から小鉾岳南西斜面の印象深い”ブラックバンド”(安山岩質の溶岩)が立派に見えました。 相沼内流域の山々の山容は峩々としていますが、それらの幾つかの山々には、小鉾岳のそれと同様な”ブラックバンド”が見られました。 知られる沖沢山西斜面等に、傾斜、方向、幅がよく似たそれはが露わになって見えます。 

小鉾岳の東方目の前には、サランべ岳~横山にかけての馬蹄形の急崖が圧倒的な風景を見せています。 この地形が気になっていました。「この地形は火口の痕であろうか?」。 かなり前になりますが、地質の専門家に聞いてみました。「火口を証明できるものはない。山体崩壊、山崩れ、深層崩壊の類の跡の地形であろう」 そんなことを思い出しながら、痩せ尾根~岩尾根を進みました。 

以前の経験ですが、夏道と崖下側のツツジ類が”一面”となって新雪を被っていた。そこは全て夏道と錯覚・・・。あわやツツジ側の雪面を歩こうとしていました。新雪に覆われていたツツジわらを踏みぬけばブラックバンドの溶岩崖に落ちていく恐ろしい記憶です。

牧場から、ブラックバンドが左上にゆる山に傾斜して見えます。

小鉾岳頂上:山頂標識は手前の台形、奥に雁塔が見えます。

左側(西方)の急崖:安山岩質集塊岩


中央の垂直の黒い溶岩が”ブラックバンド”の一部:夏道の痩せ尾根から下を覗く。遠くの連山は支庁界


頂上標識のある凸から北峰岩塔群:一人ではとても立ち入れそうにない


鉛川方面の峰


沖沢山方向:左側は相沼流域


サランベ岳:右は横山方面に向かい緩やかな尾根


サランベ岳と横山の西方は馬蹄形に落ちていて、山体崩壊を起こした火口の一部と思わせる。しかし山崩れで出来た近いらしい


サランベ岳と横山から西方に流下する深い谷

終わり